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中日新聞掲載の大学記事

2012.08.25

北ア・蝶ケ岳 名市大診療所 登山者の健康守り15年

■開設尽力の三浦准教授 「五感使って診療」

 北穂高や槍ケ岳を望む長野県松本市の北アルプス蝶ケ岳(2,677メートル)の山小屋に、その診療所はある。名古屋市立大医学部の学生や教員らが、ボランティアで夏山登山者の健康を見守り続けて今年で15年。診療所の開設を提案した准教授の三浦裕さん(58)は「医師が五感を使って診療する。患者から教えてもらうことは多い」と、今も学生たちの活動をサポートする。(柚木まり)

 大学浪人時代、図書館で屋久島や北海道の原生林の写真集を見つけ、思いをめぐらせた。名市大に入学後は各地の山々を登り、写真を撮ったり絵を描くことに夢中になった。「世界一美しい」と思ったのが、蝶ケ岳山頂からの眺めだった。

 診療所立ち上げのきっかけは、蝶ケ岳でヒュッテを運営する神谷圭子さん(49)との出会い。1997年、名市大病院の小児科病棟で互いの子どもが相部屋になり、神谷さんが高山病で亡くなった登山客の話をした。

 「夏の間だけでも助けてくれませんか」。神谷さんから依頼され、大学内で寄付と学生の参加を募集。翌年8月、運営資金100万円と40人の医師や学生らが集まり、ヒュッテの客室を改造し診療所の開設にこぎつけた。

 日本登山医学会によると、大学医学部が運営する山岳診療所は全国に23カ所あり、うち北アルプスに18カ所が集中。蝶ケ岳ではこの夏、過去最高の170人が訪れた。薬剤費を含む運営費はすべて寄付金でまかない、受診料は無料だ。「どんな小さな不安があっても来てほしい」と三浦さん。

 「こんにちは。少しでも気分が悪かったらどうぞ」。山頂に近いヒュッテの前で、学生が登山者に声を掛け、あいさつの反応を見て体調をうかがう。今年は26日まで開設。三浦さんもシーズン中はスタッフの一員として、3日間から1週間診察を担当する。虫刺されやかすり傷、高山病や熱中症、低体温症までどんな症例も30分以上かけて問診し、電気が使えなくてもできる治療法を考える。手動の血圧計や手元を照らす無影灯は、外科医の父親から譲り受けた。

 医療現場に出る前の学生にとって、診療所が初めて患者と接する場となることもある。徹夜で患者を見守り続ける日も。「目の前には患者しかいない。全身全霊で助けたいと集中できる環境が、医師の仕事の喜びを感じさせてくれる」。多くの学生に経験してほしいと願っている。

【夏山診療所】
 白馬岳や槍ケ岳など登山者の多い北アルプスのほか、今夏は南アルプスや白山、富士山に開設された。運営形態はさまざまで、病院と連携してスタッフを派遣し保険診療を実施するところもあるが、多くは医師と学生のボランティア。夏の登山シーズン中のけがや病気の救護・応急措置が目的。岐阜大や信州大など地元大学のほか、東京大や岡山大など遠方の医学部も運営し、医師や看護師を目指す学生が実践的な医療を学ぶ場として教育的な側面の評価も高い。

(2012年8月25日 中日新聞朝刊33面より)
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