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2013.07.02
北川民次作品を再現 技法、材料を科学的に分析 愛知県立芸大 研究グループ
■文化財修復に弾みも
働く民衆や家族、母子などを独特のタッチで描いた愛知県瀬戸市ゆかりの洋画家、北川民次(1894〜1989年)。その技法と材料を科学的に分析し、作品を再現する研究が愛知県立芸術大(同県長久手市)で行われている。過去の画家から絵画技術を学ぶだけではなく、一連の取り組みで得たノウハウを、近隣の美術館が所蔵する文化財の調査、保存修復にも役立てたい考えだ。 (宮川まどか)
活動は国の科学研究費(科研費)を活用。同県半田市のかみや美術館、名古屋市美術館、福島県郡山市の市立美術館所蔵の計14点を対象に、2010年度からの3年間で技法材料、保存修復、美術史の観点から、学際的に取り組んだ。うち、かみや美術館の「カンディダ(無垢(むく)の女)」(1935年)、「女の像」(同)を部分的に再現模写することを決めた。
研究グループの代表、画家で同大の白河宗利(のりより)准教授によると、北川作品の技法と材料に関する科学的な研究は、国内でほとんど例がない。ただ、本人の著作や関係者の証言から、顔料に卵黄や膠(にかわ)、乾性油を混ぜて画面に固着させる技法が使われているとされてきた。油彩画以前の古い技法、いわゆるテンペラ画だ。
グループが注目したのは20〜30年代に描かれた北川作品が持つ独特の柔らかな肌合い、発色の良さなどだ。特に、かみや美術館の2点は、これらの特徴が非常に強く「これは油絵の具だけを使った絵肌ではない」と直感したのだという。
研究は作品の調査分析からスタート。高倍率レンズによる撮影、紫外線写真、赤外線写真、蛍光エックス線分析など6つの方法で、制作技術を解析した。その結果、絵が描かれた画面の下地と、描画層のいずれにも油と膠液が使われていることを確認。作品がテンペラ画であると裏付けた。
グループはそれをもとに一昨年から再現模写をするための下地作製に着手。しかし、6つの方法によって、使われた素材はおよそ判別できたが、配合や制作手順などは詳細につかめない。そのため、板、キャンバスといった描画層を支える支持体の選定、下地塗料の調合や種類を変えては、かみや美術館で実物と比較するなどして200種類以上もの下地を実験した。
再現模写を手掛けたのは、同大大学院2年の池田高仁さん、宮田真有さんの2人。色合いを確かめながら、昨夏から10回以上も描き直した。調査で検出された元素から推定される素材だけでは画面がひび割れることもあったため、画家として経験豊かな白河准教授が、本作品の艶に近づけようと、卵黄と亜麻仁油を混ぜることを提案するなどして完成させた。グループの一員で同大客員教授、国立民族学博物館名誉教授の森田恒之さん(保存科学・絵画技法史)は「日本では洋画、特にテンペラ画の技法、材料の研究は歴史が浅い」と言う。その意味で今回の研究は画期的だ。
テンペラ画は、絵の具をすべて自分で作る必要があるため、近代の日本の画家たちには定着しなかったという。白河准教授は「北川がいかに貪欲に、さまざまな技法や素材を試していたかを示すもの」と話す。グループでは研究成果とともに、本物の作品と再現模写作品を並べて公開する計画を進めている。18日には学内で報告会を開く。
本年度から6年間を対象とする同大の第2期中期計画は「地域連携・貢献に関する目標を達成するためにとるべき措置」として、文化財の研究調査、保存修復、理論研究などの推進を挙げている。白河准教授は「調査分析ができていれば、将来、作品が壊れた場合も対応できる」と説明。「今回使った分析機材や方法を生かして、近隣の美術館の作品修復にもつなげたい」としている。
【きたがわ・たみじ】 静岡県生まれ。米国を経てメキシコにわたり、独自の絵画表現を確立。1936年に帰国後は愛知県瀬戸市で制作を続けた。メキシコでの体験をもとに児童美術教育にも尽くした。52年、中日文化賞受賞。
(2013年7月2日 中日新聞朝刊17面より)
働く民衆や家族、母子などを独特のタッチで描いた愛知県瀬戸市ゆかりの洋画家、北川民次(1894〜1989年)。その技法と材料を科学的に分析し、作品を再現する研究が愛知県立芸術大(同県長久手市)で行われている。過去の画家から絵画技術を学ぶだけではなく、一連の取り組みで得たノウハウを、近隣の美術館が所蔵する文化財の調査、保存修復にも役立てたい考えだ。 (宮川まどか)
活動は国の科学研究費(科研費)を活用。同県半田市のかみや美術館、名古屋市美術館、福島県郡山市の市立美術館所蔵の計14点を対象に、2010年度からの3年間で技法材料、保存修復、美術史の観点から、学際的に取り組んだ。うち、かみや美術館の「カンディダ(無垢(むく)の女)」(1935年)、「女の像」(同)を部分的に再現模写することを決めた。
研究グループの代表、画家で同大の白河宗利(のりより)准教授によると、北川作品の技法と材料に関する科学的な研究は、国内でほとんど例がない。ただ、本人の著作や関係者の証言から、顔料に卵黄や膠(にかわ)、乾性油を混ぜて画面に固着させる技法が使われているとされてきた。油彩画以前の古い技法、いわゆるテンペラ画だ。
グループが注目したのは20〜30年代に描かれた北川作品が持つ独特の柔らかな肌合い、発色の良さなどだ。特に、かみや美術館の2点は、これらの特徴が非常に強く「これは油絵の具だけを使った絵肌ではない」と直感したのだという。
研究は作品の調査分析からスタート。高倍率レンズによる撮影、紫外線写真、赤外線写真、蛍光エックス線分析など6つの方法で、制作技術を解析した。その結果、絵が描かれた画面の下地と、描画層のいずれにも油と膠液が使われていることを確認。作品がテンペラ画であると裏付けた。
グループはそれをもとに一昨年から再現模写をするための下地作製に着手。しかし、6つの方法によって、使われた素材はおよそ判別できたが、配合や制作手順などは詳細につかめない。そのため、板、キャンバスといった描画層を支える支持体の選定、下地塗料の調合や種類を変えては、かみや美術館で実物と比較するなどして200種類以上もの下地を実験した。
再現模写を手掛けたのは、同大大学院2年の池田高仁さん、宮田真有さんの2人。色合いを確かめながら、昨夏から10回以上も描き直した。調査で検出された元素から推定される素材だけでは画面がひび割れることもあったため、画家として経験豊かな白河准教授が、本作品の艶に近づけようと、卵黄と亜麻仁油を混ぜることを提案するなどして完成させた。グループの一員で同大客員教授、国立民族学博物館名誉教授の森田恒之さん(保存科学・絵画技法史)は「日本では洋画、特にテンペラ画の技法、材料の研究は歴史が浅い」と言う。その意味で今回の研究は画期的だ。
テンペラ画は、絵の具をすべて自分で作る必要があるため、近代の日本の画家たちには定着しなかったという。白河准教授は「北川がいかに貪欲に、さまざまな技法や素材を試していたかを示すもの」と話す。グループでは研究成果とともに、本物の作品と再現模写作品を並べて公開する計画を進めている。18日には学内で報告会を開く。
本年度から6年間を対象とする同大の第2期中期計画は「地域連携・貢献に関する目標を達成するためにとるべき措置」として、文化財の研究調査、保存修復、理論研究などの推進を挙げている。白河准教授は「調査分析ができていれば、将来、作品が壊れた場合も対応できる」と説明。「今回使った分析機材や方法を生かして、近隣の美術館の作品修復にもつなげたい」としている。
【きたがわ・たみじ】 静岡県生まれ。米国を経てメキシコにわたり、独自の絵画表現を確立。1936年に帰国後は愛知県瀬戸市で制作を続けた。メキシコでの体験をもとに児童美術教育にも尽くした。52年、中日文化賞受賞。
(2013年7月2日 中日新聞朝刊17面より)