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中日新聞掲載の大学記事

2008.08.19

即興政治論 考えるポイント 見方のヒント 医療経済学者 川渕孝一さん

Q.医療の再生は可能か?質と負担の『見える化』を
記者・清水孝幸

 医師不足や救急患者のたらい回し、評判の悪い後期高齢者医療制度など、日本の医療制度への不安が高まっています。どうして「医療崩壊」と呼ばれるような事態を招いてしまったのか。再生はできるのか。医療経済学者の川渕孝一さんと一緒に考えてみました。

 清水 最大の問題はやはり医師不足ですね。

 川渕 そもそも医師が日本に何人いるか、基本的なデータがないから分からないんですよ。

 2つの統計調査があります。一つは医者が国家試験に受かった時に届け出た数。約27.8万人です。二つ目は、医療機関の経営者が医師を雇用している数で、29.3万人と1.5万人も多い。何人いるか分からないのだから、適切な対策が打てない。

 実際、厚生労働省の研究班は9千人足りないが、15年後には30.5万人で均衡すると言い、別の研究者は12万−17万人足りないという具合です。

 清水 医師不足は臨床研修制度が原因ともいわれています。

 川渕 なぜ、急に医者が足りなくなったのか。二つの説があります。一つは、2004年度から始めた臨床研修制度でおかしくなったというもの。もう一つは、1997年の閣議決定で医師過剰を宣言したところに、問題があったという説です。私はそれぞれ一理あると思います。

 清水 いずれにせよ厚生行政のミスですね。

 川渕 市場に任せたら失敗するから政府が存在するのです。これが医療行政の役割ですが、国が完全な情報を持っていることが前提です。

 でも、厚労省は本当に情報を持っているのか。いま医師が何人働いているかも分からないのに「安心プラン」なんて言うから、ますます不安になります。

 清水 政府は先月末、「五つの安心プラン」を発表。医師不足解消に向け、産科などの医師への手当支給を打ち出しました。

 川渕 2006年度にも療養病床の診療報酬を下げて、その分、小児科や産婦人科に予算を回してきましたが、うまくいっていません。こんなにばらまいても砂漠に水をまくようなものです。

 清水 75歳以上を対象にした後期高齢者医療制度はどうですか。

 川渕 年金から天引きという枠組みにした以上、そもそも年金がもつのかどうか。約6万6千円の基礎年金しかもらっていない人がたくさんいる中で、医療保険料と介護保険料を引けるのか。

 もう一つの問題は、天引きにしたがゆえに、保険料を上げにくくなったこと。その分、給付を制限せざるを得なくなり、お年寄りは今までのような医療が受けられるのかと不安を感じています。

 清水 老人医療費の財源はどうしますか。

 川渕 民主党が職業とか年齢に関係なく、医療保険制度を一元化すると言っていますが、これぞ究極の国民皆保険。本当にできるなら、75歳で線を引く必要はない。

 実は韓国と台湾は政治のリーダーシップで一元化をやったんですよ。本気になれば、やれることを証明しています。

 清水 医療失政はどうすれば止められますか。

 川渕 根本的な原因は厚労省が基礎的なデータを持っていないことです。だから、予算を取るための作文は書けても、中身はピンボケ。

 僕は医療の「見える化」しかないと思います。どんな地域で、どんな医療機関が、どんな医療を提供しているか見えるようにする。医療はすごく地域特性があり、地域によって最適の医療は違う。マクロでなくミクロで見ることが必要です。

 医師不足も国単位でなく、地域や病院の単位で考えて工夫すれば解決できます。

 清水 医療の再生へ策はありますか。

 川渕 例えば、日本人の3分の1がいま、がんで死んでいるけど、将来どのくらいまで減らすとか数値目標を疾患別に設けたらどうでしょうか。

 データを積み上げ、あるべき医療の姿を示し、それにかかる医療費を推計する。そうすれば、国民に、このくらい医療の質を上げるには、このくらいカネがかかる。だから、これだけ負担してほしいと説明できます。

 国民がいま不安に思っているのは、一体、医療にあといくら払えばいいのか分からないことです。ただ足りない、足りないでは、国民は右往左往するだけです。

 清水 政治の役割は。

 川渕 官僚をのせて、いま話したような政策を実現させるのが政治家の仕事です。医療保険の一元化も本気なら工程表を示すべきです。1961年に国民皆保険をつくった時の政権も、できるのかと思われていたのに、やるんだという意思を示した。それが政治のリーダーシップです。

 かわぶち・こういち 1959年富山県生まれ。一橋大商学部卒。米シカゴ大経営大学院修士課程修了(MBA)。民間病院、企業勤務後、日本福祉大教授や日医総研主席研究員などを経て、現在、東京医科歯科大大学院教授。専門は医療経済学、医療政策、医業経営。著書に「日本の医療が危ない」「医療再生は可能か」など。

(2008年8月19日 中日新聞朝刊6面より)
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