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2008.06.12
生徒の声 心で聞く 耳不自由な河合さん 豊橋聾学校 教員を目指し実習
聴覚に障害のある大学4年の女性が、母校の愛知県立豊橋聾(ろう)学校で、高校の数学教師を目指して教育実習に励んでいる。指文字や手話を駆使しての授業を通じ、教えることのおもしろさと難しさを実感。あこがれを現実とするための第一歩だった10日間の実習期間を13日に終える。
名古屋市南区の大同工業大工学部に通う河合孝子さん(21)=同県田原市ほると台=は小学6年の時、病気で突然、耳が聞こえなくなった。中学時代は授業についていけず、1年生の夏から1年ほどは学校も休みがちに。
教師の道を目指したのは高校3年の時。大学進学を目指す友人から、河合さんが得意だった数学を教えてほしいと頼まれ、手話などを使って丁寧に教えた。「すごく分かりやすかった」と友人は感激。河合さんの心に自信が芽生えた。「耳が聞こえなくても教えられるんだ」。あこがれだった教師になることを志した。
個別指導の塾に通うなどの努力が実り、大学には現役で合格。黒板を一つ残らず書き写したり、教授の研究室に足しげく通ったりと、大学でも持ち前の頑張りを発揮し障害を克服した。
今月2日からの実習では1−6人の生徒を相手に1回50分の授業を1日に2時限こなす。使うのは指文字と手話、そして口の動きだけ。生徒からは「説明がわかりやすい」「一生懸命丁寧に教えてくれて問題が簡単に感じられた」と好評だ。
河合さんは「教えるのは難しい」と悩みをみせるが「朝から晩まで生徒と触れ合ったり、勉強を教えられるのは幸せ」。実習後は、7月に実施される愛知県の教職員採用試験を受ける。「難関だが、来春には教壇に立ちたい」。力強く語った。
(2008年6月12日 中日新聞夕刊10面より)
名古屋市南区の大同工業大工学部に通う河合孝子さん(21)=同県田原市ほると台=は小学6年の時、病気で突然、耳が聞こえなくなった。中学時代は授業についていけず、1年生の夏から1年ほどは学校も休みがちに。
教師の道を目指したのは高校3年の時。大学進学を目指す友人から、河合さんが得意だった数学を教えてほしいと頼まれ、手話などを使って丁寧に教えた。「すごく分かりやすかった」と友人は感激。河合さんの心に自信が芽生えた。「耳が聞こえなくても教えられるんだ」。あこがれだった教師になることを志した。
個別指導の塾に通うなどの努力が実り、大学には現役で合格。黒板を一つ残らず書き写したり、教授の研究室に足しげく通ったりと、大学でも持ち前の頑張りを発揮し障害を克服した。
今月2日からの実習では1−6人の生徒を相手に1回50分の授業を1日に2時限こなす。使うのは指文字と手話、そして口の動きだけ。生徒からは「説明がわかりやすい」「一生懸命丁寧に教えてくれて問題が簡単に感じられた」と好評だ。
河合さんは「教えるのは難しい」と悩みをみせるが「朝から晩まで生徒と触れ合ったり、勉強を教えられるのは幸せ」。実習後は、7月に実施される愛知県の教職員採用試験を受ける。「難関だが、来春には教壇に立ちたい」。力強く語った。
(2008年6月12日 中日新聞夕刊10面より)