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中日新聞掲載の大学記事

2012.02.22

鯨食リポート 本に 名市大生、お年寄り取材

■「焼いたり空揚げ」「徐々に牛、豚へ」

 名古屋市立大の学生15人の期末リポートを基にした「クジラを食べていたころ 聞き書き 高度経済成長期の食とくらし」が、新泉社から出版された。戦後から高度経済成長期にかけての社会の変化を「食」の視点から見つめ、特に食糧難の時代に広がった鯨肉食に着目。東海3県を中心に、熊本、岡山県のお年寄りに取材し、語り句調で3カ月かけてまとめた。 (秋田佐和子)
 
 人文社会学部の学生による赤嶺淳准教授の授業の一環。祖父母や近所のお年寄り17人に取材し、日常生活で鯨肉がどのように消費され、食卓から姿を消したのかを記録した。

 鯨肉は終戦後、食糧難から市場に登場した。当時を知る人たちは「安かった」「店で塊で売っとった」などと振り返り、焼いたり空揚げにしたりして食べたと話した。

 その後、鯨肉は重要な食材として学校給食にも広く使われたが、食生活の多様化とともに流通量が減った。熊本市の80代女性は「だんだん豚肉、牛肉を食べるようになった」という。

 70年代、生活が豊かになるとともに、カップ麺などインスタント食品が普及。さらに、鯨類資源の管理などをする国際捕鯨委員会(IWC)に反捕鯨を掲げる国が加盟。82年の同委員会で大型鯨類13種類の商業捕鯨禁止が決定されたこともあり、鯨肉は一般の店から消えていった。

 給食のみそ汁で鯨肉を食べたという千種区の70代の無職女性は「油も骨も利用して1頭全部使った。すべてを無駄にしないことが日本人の一種の文化だと思う」と、鯨食文化が暮らしに溶け込んでいたと振り返った。

 参加した3年生の玉木沙織さん(21)は「空揚げにしたり、しょうゆとみりんに漬けたりと食べ方がいろいろあると知った」。4年生大賀由貴子さん(22)は「鯨を食べなくなったのは、何でだろうと掘り下げて考えるようになった」と話した。

 「クジラを食べていたころ」はA5判、213ページ。1510円。

(2012年2月22日 中日新聞朝刊市民版より)
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