高校野球 2026.07.29
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全国高校野球愛知大会 決勝 享栄 逆転で接戦制す

甲子園出場を決め喜ぶ享栄ナイン=バンテリンドームナゴヤで
中盤に逆転し、着実に加点をした享栄が、接戦を制した。
享栄は1点を追う四回、四球と犠打で1死二塁とすると、森迫、坂本の連続適時打で逆転。五回には藤井の適時二塁打、六回には菅沼の適時打で追加点を挙げた。投げては先発の上江瀧は先制を許すも、粘り強く一人で投げ抜いた。
愛工大名電は一回、先頭の伊藤が二塁打で出塁。1死三塁から久保の犠飛で先制した。3点を追う九回には、敵失や四球で無死一、二塁の好機をつくるも、あと一打が出なかった。
■体格の悩みはねのける完投 170センチ63キロ 上江瀧投手
高く、分厚い壁を越えた。享栄が31年ぶりに夏を制した。立役者は春から頭角を現した背番号11、上江瀧投手(3年)だった。
学校のマウンドの一つを50万円かけてドーム仕様の硬さに変え、学校ぐるみで執念をもって臨んだ大会。立ちはだかるのは準決勝までの5戦で38得点、2失点の愛工大名電。初回、先頭打者への直球が完璧に中越えにはね返され、あっさり先制を許した。
「真っすぐが狙われている」。バッテリーで確認し、変化球主体に変えたここからの投球が上江瀧投手の真骨頂。90キロ台と110キロ台のスライダー系の変化球を投げ分け、要所は130キロ台後半の直球で打者を差し込んだ。二回以降はスコアボードにゼロを並べ、「持ち味を出せた」。9回を投げきった右腕はおっとりとした口調で喜んだ。
身長170センチ、体重63キロ。強豪校の球児の中では、決して大きいとは言えない体格だ。
「野球を辞めようかな」。1年生の冬、チーム全体で体重増加を目指した時、思うように増えず苦しんだ。1カ月ほど、自分で連絡して部活を休んだ間、親には心配かけないよう、部活に行ったふりをして最寄り駅のホームのいすで時間をつぶし、練習が終わる時間に合わせて帰宅した。
ある日、「実は行っていない」と泣きながら告白。家族や恩師の一人、中山凌志・投手コーチに「体重が増えない重圧より、夏のマウンドの重圧のほうが大きいから大丈夫」などと励まされると、ふさぎ込んでいた気持ちが楽になった。
高さ1・25メートルの箱に飛ぶ練習に励んだ結果、プレートを蹴る力がつき、球速は今年の春先から15キロ増加。エース格に育ち、今大会は25回余を2失点の快投だった。
聖地が遠ざかり「私学3強」と揶揄されることすらあった古豪・享栄。「甲子園に向けてやってきたので、とてもうれしい」。しなやかな好右腕を擁し、夢舞台に返り咲く。(加藤壮一郎)
■不動の1番打者 逆転呼ぶ 藤井選手
不動のリードオフマンがチームの起爆剤となった。1点を追う四回、先頭の藤井選手(3年)は四球で出塁。相手投手に3回を完璧に抑えられていたが「絶対大丈夫。何が何でも出塁する」。球を見極め、チームの逆転を呼び込んだ。
今大会、1番打者としてチームをけん引。春の選抜出場の中京大中京と対戦した5回戦でも、5打数3安打を放ち、2打点も挙げた。決勝の舞台でも五回、2死二塁の好機に右越えの適時二塁打を打ち、チームの勢いを加速させた。
けがとの闘いだった3年間。昨年も9月の練習試合でバットを振った時、右肩を脱臼し、秋の大会への出場はかなわなかった。「その悔しさを胸に練習してきた」。けがに負けず今大会は飛躍し、チームを31年ぶりの夢舞台に導いた。
「1番が強いチームは強い」。大藤敏行監督から言われた言葉。50メートル5秒9の快足を武器に塁上でも投手にプレッシャーをかける。「苦しい試合も多いと思うが、打席に立った時に勝負強い打者になりたい」。甲子園でも、足で打棒でチームを引っ張っていく。(森本尚平)
■スタンド声援「さすがだ。涙が出た」 元監督・柴垣さんの姿も
1995年以来の夏の甲子園出場へ-。享栄側の三塁側スタンドには在校生や保護者に加え、当時のOBらも観戦に訪れ、悲願達成に向けて力強い声援を送った。
「さすがだ。涙が出た。本当に良かった」。享栄を30年以上率い、春夏合わせて計8回、甲子園に導いた元監督の柴垣旭延さん(84)は目に涙を浮かべながら、グラウンドで喜ぶ選手らの姿を見守った。今夏の甲子園に向けては「守りが堅く、勝ち上がってくれるはず」と期待。現地でも見守るつもりだ。
31年前の夏の甲子園にエースとして出場した天野さん(47)は「今日の優勝でまた『私学4強』と言われるのでは」と喜びを語った。後輩に向けては「甲子園はまた違う雰囲気で、緊張感がある。チームが試合を楽しめれば、おのずと力を発揮できる」とエールを送った。
応援団長を務めた3年の生徒(17)は「やってきて良かった」と涙を浮かべた。「古豪復活」と書かれた鉢巻きを額に締め、声をからした。試合後、「享栄は夏が弱いと言われていた。勝って強いんだと証明したかった」と余韻に浸っていた。(村脇さち、松沢晴華、桑沢拓徒、竹内暁希人、小林桃子)
■「一気にいこう」指示 享栄・大藤敏行監督
ほっとした。選手が粘り強く戦ってくれた。指示は「チャンスが来た時に一気にいこう」。先発の上江瀧は最後まで自分のやることを果たしてくれた。甲子園でもピンチに強くチャンスに強い、享栄らしい野球をやっていきたい。
■監督を再び日本一に 享栄・早川主将
自分たちが2年半やってきたことはどの高校にも負けない自信があると、みんなに伝えた。緊迫した場面もあったが、楽しさもあって、良い野球ができた。甲子園に連れて行くだけでなく、大藤監督をもう一度、日本一の監督にしたい。
愛工大名電 100000000|1
享栄 00021100x|4
(愛)口田、清水、宮下-皆川
(享)上江瀧-大森
(2026年7月29日 中日新聞朝刊県内版より)
