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金平糖愛の結晶30年 統計学専門家 突起を分析、博物館も

「金平糖は日本の文化」と話す中京大名誉教授の中田友一さん=名古屋市西区の愛知菓子会館で
「金平糖は日本の文化」と話す中京大名誉教授の中田友一さん=名古屋市西区の愛知菓子会館で

 金平糖(こんぺいとう)を愛して30年。愛情が高じて本業の研究対象にし、世界各国から収集したコレクションは小さな「博物館」になった。「金平糖先生」とも呼ばれるこの学者は中京大名誉教授の中田友一さん(71)。専門の統計学を応用して、突起状の角ができる過程を数式化した。「金平糖づくりの火を絶やしたくない」と現在は、室町末期に伝わった歴史などを書籍にまとめようと構想している。(社会部・藤嶋崇)

 白やピンク、黄色…。名古屋市昭和区にある中京大近くの菓子店で、色鮮やかな金平糖が目に入った。1986年夏ごろのこと。「チャーミングでしょう」と英国人研究者にプレゼントしたが、説明しようにも詳しく知らない。角の数も形も1粒1粒異なり「なぜだろう」と好奇心を刺激された。

 名古屋市西区の製菓会社を訪ね、グラニュー糖の小さな粒に少量の砂糖水を少しずつ垂らして生産する現場を見学した。粒の周りを砂糖水が覆って大きくなる際、砂糖水が集中する場所があり、そこに角ができていった。

 不規則に角ができることを知り、「角はどう生成されるのか」とさらなる疑問に取りつかれた。角ができる過程を統計学の手法で分析し、物理学者と一緒に数式化に取り組んだ。

 砂糖水を垂らす回数が少ない段階では鋭利な角が多いが、回数が増えるとバランスある金平糖の形になり、さらに垂らすと丸みを帯びていく−。職人が経験で得た製法を、数式で裏付けた。1回に垂らす量が多すぎると角ができずに丸くなることも立証した。研究成果は88年、米国の物理学誌に掲載された。

 金平糖に似た胆石の形状があると聞き、97年には、胆石や尿路結石のできる過程と金平糖の類似性を指摘する論文も発表した。

 傾倒ぶりを知った海外の数学者仲間らからスペインやインドの菓子を贈られるなどし、海外10カ国の「金平糖」が集まった。昨年3月の退職に伴い、国内外のコレクション67点を西区の愛知菓子会館に寄贈。同6月、会館2階に博物館が設けられた。

 「金平糖を守る会」を設立し、グッズや歌もつくって、金平糖づくりを応援してきた中田さん。退職を機に20年余りの会の活動には終止符を打った。だが、その後も苦境にあえぐ業者の話が耳に入り、90年に出した著書「おーい、コンペートー」の続編を書いて盛り上げに一役買おうと考えるようになった。

 中田さんの調べでは、93年に11カ所あった国内の金平糖工場は現在、西区の会社など9カ所。近く8カ所に減るという。「金平糖は国内で独自に発展した日本の文化。透明感があって世界に類を見ない品質で、買わないと文化は守れない」と話す。

【金平糖】 中田友一さんによると室町末期に伝わり、ポルトガル語の「コンフェイト」(砂糖菓子)に由来するとされる。宣教師ルイス・フロイスが織田信長に贈ったとの記録もある。1680年代に国産化でき、明治時代には専用の回転釜が登場して量産もできるようになった。愛知菓子会館にある博物館の見学は事前連絡が必要。問い合わせは会館=052(561)3380=へ。

(2015年6月14日 中日新聞朝刊31面より)

[2015.06.14]

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